破格と変異:多様性

形態の多様性を“破格(きまりをやぶる)”と表現することがある.解剖学実習のなかで「アトラスとは違う」と学生はたびたび困惑して相談に来ることがある.そんな時には,教科書やアトラスに記載されているのは,設計図ではなくて結果的に作られた所見,と伝える.

 進化によって身体を作る過程*1が規定されるので,結果として現れる要素のサイズやパターンはある範囲の中で連続的に移行する.形態の多様性は形成過程の変更によるので,発生機構の理解に寄与することができる.他方で,表現型とそれが完成するまでの過程(機構)は選択圧を受けるので,多様性の範囲は制限され,形質値のピークを作る.教科書に記載されている形態は,多くの個体間に共通に観察される最大公約数のようなものと解釈できる,

 身体の構造の精緻さに心打たれることは多い.だから,Bell*2 はその中に神の栄光を感じ*3,Owen*4は秩序を証明しようと考えて比較解剖学を行った.彼らはデザイナーが規則を与えて,それに従って身体が作られるというアイデアを乗り越えることができなかった*5.彼らは形態学的多様性に直面した時には,規則を破った構造と解釈せざるを得ず,デザイナーの意図を図りかねて悩んだのかも知れない.

 けれども,私達は遺伝子の多様性を変異とよぶことはあっても,破格と表現することはない.それと同様に,形質の多様性はanomalyではなく,ruled out of orderされたものでもない.適応度の異なるvariationには選択圧がかかり,進化力学的な作用を及ぼし,形質値のピークが動く可能性を与える.破格は形態のvariation*6

*1:それを機構と呼ぶ.

*2:

en.wikipedia.org

*3:Bell, Charles (1833). The Hand, Its Mechanism and Vital Endowments as Evincing Design. London: William Pickering.

*4:

en.wikipedia.org

*5:しかし,彼らは間違いなく巨人だ.私達は彼らの肩の上に立って,彼らが観ることのできなかった世界の奥を見ている.

*6:多様性は進化の出発点