関節クラック音はどの様にして鳴るか

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Fig 220 in Anatomy of Human Body 1918 (Henry Grey). Bones of the left hand. Dorsal surface. Henry Vandyke Carter

「ヒトの構造の基礎」という講義で滑膜性関節の構造を説明したときに,最前列に座っていたA君が挙手をして,「関節の音ってどうやって鳴るんですか?」と質問した.関節腔内の滑液の中に気泡が生じて音が鳴る事は知っていたので,それを話したが,そんなに単純では無いらしい.

 指の関節が鳴る音は「関節クラック音(cracking)」として100年以上の研究の歴史がある.1911年(明治44年!)に Fickが関節内の空間(space)を記載している*1.その後,1947年にRostonと Hainesは中手指節関節を牽引して,音が鳴る過程をX線で連続撮影して,クラック音が発生するときに関節腔内にdensityの低い境界明瞭な空間が有ることを記載し,それが陰圧になった関節腔内で滑液に生じた気泡(二酸化炭素や窒素ガス)と解釈した*2

 Unsworthら(1971)はクラック音が発生する過程をさらに詳しく記載した.彼らは関節腔内の cavitation(空胞形成;気泡が作られること)で音が鳴ると考え,気泡が弾けて無くなるときの音ではないと考え,気泡は音の原因では無く,音が発生した効果(effect)として気泡が発生すると述べた(cavitation説)*3 *4 *5 *6

 その後,Kawchukら(2015)はクラック音が生じる経過をリアルタイムMRIで観察し*7,気泡の形成時に音が発生し,音の後にも関節腔内に気泡が観察されることを示し,cavitation説を支持したが,

ChandranとBarakat(2018)は関節内クラック音形成の数理モデルを作製し,モデル内でクラック音が気泡が弾けて無くなるときに生じ,モデルで予測される音の周波数が実際の音と一致することを説明し,さらに,クラック音後にも気泡が残ることを説明した*8 *9

 気泡ができるときにクラック音するのか,それとも気泡が弾けて無くなるときにクラック音が鳴るのか,原因はまだ明らかではない *10

*1:FICK,R.(1911) Anat.Hefte,Abt.1,43,397 (ZumStreitum denGelenkdruck).

*2:Roston JB, Haines RW. Cracking in the metacarpo-phalangeal joint. J Anat. 1947 Apr; 81(Pt 2): 165–173.

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1272878/

*3:Unsworth A, Dowson AUD, Wright V. 'Cracking joints' A bioengineering study of cavitation in the metacarpophalangeal joint. Ann. rheum. Dis. (1971), 30, 348.

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1005793/pdf/annrheumd00004-0008.pdf

*4:一般のニュースなどでは cavitationと気泡が弾けて無くなる様子を詳しく分けて論じていない  https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/04/post-9884.php

ので,演出として炭酸水の泡が水面で弾けて無くなるときの音や,風船が割れて鳴る音に例えていることがある.

*5:原因と結果を厳密に区別しないという性質(ヒューリスティックな性質)は,進化の過程で選択された,適応度を高めた性質なのだろう.

*6:けれども cavitation は隙間ができることを表す用語である.たとえば

https://www.ahajournals.org/doi/pdf/10.1161/STROKEAHA.111.647859. Unsworthらが論文のabstractで明瞭に述べているように,「cavitation説」は,気泡が弾けるときに音が鳴ることではなく,気泡ができるときに音が鳴る,である.

*7:Kawchuk GN, Fryer J, Jaremko JL, Zeng H, Rowe L, et al. (2015) Real-Time Visualization of Joint Cavitation. PLOS ONE 10(4): e0119470. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0119470

*8:V. Chandran Suja & A. I. Barakat. A Mathematical Model for the Sounds Produced by Knuckle Cracking. Scientific Reports. volume 8, Article number: 4600 (2018) https://www.nature.com/articles/s41598-018-22664-4.pdf

*9:数理モデルや進化数値計算は論理検証機械なのだろうと思う.

*10:他方で,原因と結果を区別しないと気がすまない性質は,研究者のminimal requirementで,研究でsurviveする時に働く選択圧(論理性)のもとで形成されたものだ.