狭い都会の外国製乗用車とハンディキャップ仮説

 生物の形質の中には一見すると機能的でないものがある.たとえば雄のクジャクの飾り羽は大きく美しいが,飛ぶためには役に立たない.雌を惹き付けて,交配のチャンスを増やし,自らの遺伝子頻度を増加させて適応度を上げると説明できるのだが,それだけであれほどまでに大きく華美に進化したことを説明するのはむずかしい.日常生活のための機能に乏しい大きな羽を持って,維持するにはそれなりのコストがかかる.羽を作るために,その分多くの栄養を取らなければならないだろう.大きな羽が妨げになって餌食を上手く捕まえられず,逃すことがあるかもしれない.そのために個体の適応度が下がる恐れもある.いろいろな仮説が立てられているが*1,その一つにハンディキャップ仮説がある.

大きく美しい羽は,維持するコストを払った上でも,日々の生活を行ってsurviveしているという個体の強さや健康さを雌に対してアピールする機能をもつ,適応度の高さ(生存と繁殖の可能性)を提示するシグナルであるとZahaviは考えた*2

 今から30年ほど前に,狭い都会の住宅地に住む裕福な人々の間で,それまでにはあまり一般的でなかった外国製の高級車を所有することが一般的になった時期があった.速度無制限のアウトバーンを走る環境に適応して作られた,大きくて頑丈で速度の出る外国製の乗用車が,車が行き違うことすら容易でない日常の生活道路や,渋滞ばかりで進まないことが多い有料道路を走る様子を,移動手段としての乗用車の機能性だけで説明することは困難であるが,それはおそらく,不便で高価なものを所有するコストを払うことができるという適応度の高さを示すシグナルだったのだろう*3

 ハンディキャップ仮説は長い間,無視されていたが,90年代になって理論化されて受け入れられ,これはその後にシグナル理論へと発展した*4*5

*1:配偶者選択のランナウェイ理論が代表的である.

*2:Zahavi, Amotz (1975). "Mate selection—a selection for a handicap". Journal of Theoretical Biology. 53 (1): 205–214. doi:10.1016/0022-5193(75)90111-3

*3:Miller G, Spent: Sex, Evolution and the Secrets of Consumerism, London: Random House, May 14, 2009 (ISBN 978-0-670-02062-1).

*4:Grafen, A. (1990). "Biological signals as handicaps". Journal of Theoretical Biology. 144 (4): 517–546. doi:10.1016/S0022-5193(05)80088-8

*5:ちょうどその頃の出来事である.