身体の表面から深部にかけて,①表皮,②真皮,③皮下結合組織,④筋膜,そして⑤筋,が層状に配置している.前腕などの皮膚を指で押さえ,体表に平行に横方向に動かすと,表層は容易に動き,その下層の構造,筋との間でずれていることが分かる.これは真皮と皮下結合組織の間,さらに皮下結合組織と筋膜の間の結合が緩やかなので,上層と下層が容易にずれることを表している.
様々な部分に指をあてて,同様に動かしてみると,様子の違う場所があることに気づく.例えば,てのひら(手掌),足の裏(足底),おしり(殿部).うなじ(項部).これらの場所はあまりずれない.そして,動く時には表層だけではなく,下層の筋ともども一緒に動くことに気がつく.これは①〜⑤の相互の関係が異なっているためだ.手掌と足底の結合組織はそれぞれ,手掌腱膜(palmar aponeurosis)
と足底腱膜(plantar aponeurosis)に楔状に入り込んで強く結びつく.殿部の結合組織は大殿筋の筋束の間に楔状に入り込む.項部の結合組織は緻密で強靱で下層と固くむずびついている.そのため,表層だけがずれることはほとんどない.
これらの場所は日常的にせん断応力(剪断応力,shear stress)が加わる場所である*1.もしも,ここが他と同様の緩やかな結合をした層状の配置をしていた場合には,皮下結合組織が容易に破断し,その中を走行する血管が壊れ,局所に出血して,血腫ができるだろう.だから,『手掌・足底・殿部と項部は壊れないように結合組織が強靱になっている』と,つい言いたくなるが,それは安易である.これは仮説だが*2,足底などに緩やかな結合組織を持つ個体は,結合組織の破断に苛まれる確率が多かった結果,長く生存できず,子孫を残すことが少なかった*3のに対して,強靱な結合組織を持つ個体は子孫を多く残したのだろう*4.そのため,私達は剪断応力のかかる場所に強靱な結合組織を有する様になった,と考えられる.
私達が原因と結果を混同しがちなのは,私達の情報処理システム *5の進化に論理の厳密性が選択圧として作用したのではなく,ヒューリスティック (heuristic) な選択圧が作用したためなのだろう*6 *7 *8 *9.