微小環境に影響を与えて造血を変える,,

授業でこんなことを尋ねてみる.「骨には神経組織がある?ない?」

身体の構造は階層性を持っている.細胞が組み合わされて作られる階層が「組織」で,上皮組織・結合組織・筋組織・神経組織が区別される.二種類以上の「組織」の組み合わせによって作られる階層が「器官」で,特定の機能を達成する.複数の器官が組み合わされて協調して機能する階層を「器官系」という.

 骨膜・骨質・骨髄から構成される「骨」はひとつの器官で,複数の骨が関節で組み合わされている器官系が「骨格系」である.骨の大部分は結合組織で構成され,その中には上皮組織と筋組織は含まれない.器官は組織が組み合わされて作られているのだから,骨(器官)は骨組織と神経組織が組み合わされているはずである.

 筋に神経が侵入して支配するようには,骨に侵入する末梢神経を観察することはないので,その経験が当惑させるのだろうと思う.しかし,骨膜には豊富な求心性体性神経線維が分布する.弁慶の泣き所(向こうずね;脛骨前面)をぶつけた時にかなり痛いのは,骨膜に豊富に分布する求心性線維が一般体性感覚を運ぶからである.骨に神経組織はある.

 加えて,栄養孔から入り込む血管に沿って自律神経線維が骨髄に侵入し,造血幹細胞と支持細胞が作る微小環境(造血幹細胞ニッチ,hematopoietic stem cell niche)に作用して,造血に影響を及ぼす.骨髄の交感神経系の情報伝達を阻害すると,ニッチを構成するbone marrow mesenchymal stem and progenitor cells (MSPCs) の増殖を引き起こし,他方で,交感神経系の刺激はadrenergic β3 receptor を介して,MSPCsに影響を与えて,造血幹細胞の分化と増殖を調節する遺伝子発現を低下させる*1 *2 *3

*1:Méndez-Ferrer, S., Michurina, T.V., Ferraro, F., Mazloom, A.R., Macarthur, B.D., Lira, S.A., Scadden, D.T., Ma’ayan, A., Enikolopov, G.N., and Frenette, P.S. (2010b). Mesenchymal and haematopoietic stem cells form a unique bone marrow niche. Nature 466, 829–834.

*2:Lucas, D., Scheiermann, C., Chow, A., Kunisaki, Y., Bruns, I., Barrick, C., Tessarollo,L., and Frenette, P.S. (2013). Chemotherapy-induced bone marrow nerve injury impairs hematopoietic regeneration. Nat. Med. 19, 695–703.

*3:交感神経系の刺激は造血ばかりでなく,骨芽細胞の分化を抑制することを通じて骨形成に影響を及ぼす.