イラ解*1はまるでコミック本のような風体である.色鮮やかなペーパーバックは,そこら辺にいる適当な感じの普通を装う.私が学生時代に使っていた堅くて重い教科書*2にくらべて,明るく柔らかく軽やか.偉そうな口調で説教なんかしない.
記述は簡潔で分かりやすい.1ページ1テーマの進行.上隅にはチェックボックスが付いていて,先へと読ませる.スケッチは漫画的で写実性はない.デフォルメされた強めの線には,作者が実物をみた自信が透ける.けれどもそれ以上に,イラ解のサンプル本を私に勧めた当時の研究室の教授は,それまではどこにも書いていなかった細かな知識や,分野を超えて参照される知識があちこちに挿入されていることに気がついていた.
大学に勤め始めた頃*3,カラー刷りの薄い本のシリーズが現れて,学生たちはそれを見ていた.その流れは今も続いていて*4,カラー刷りの親しみやすいカバーをまとった薄い分冊本は解剖学でも人気だが,その本のカバーを剥がすと,金文字で見た目の豪華さを装っている.スケッチは写実性を装うが,どこか他の絵を参照にした印象.
特徴をえがくために,二つの座標軸に展開して,平面上にプロットしてみる.y軸を内容の高さとしよう.この中には正確さと分かりやすさが含まれている.x軸を自分自身を位置づけるセルフブランディングの軸としよう.これは,原点から右に向けて権威的になり,左へ向かうにつれカジュアルになるとしよう.伝統的な教科書はこの座標の右上にクラスターを作る.今日的な受験参考書風の教科書のx値は左にシフトするが,y値は様々だ.ひとりイラ解は左上に立つ.
*1:https://www.amazon.co.jp/イラスト解剖学-松村-讓兒/dp/4498000439
*2:物理的にも硬くて,たいそう重く,暗い色をまとった装幀の教科書しかなかった.
*3:20世紀の終わり頃.
*4:病見えシリーズとか.