表現型可塑性③

進化における現代の総合説では,環境によって引き起こされる表現型の変化はそれぞれの子孫の遺伝子に影響を与えることはない,と考えられてきた.多くの進化生物学者は表現型可塑性が進化に及ぼす影響はなく,むしろ自然選択の効果を弱めて進化の過程を妨げるのだろうと考えた.
 環境に依存した表現型の成立の背景には発生過程の遺伝子機構があり,それは多くの遺伝子から構成されており,それらは自然選択に影響される.たとえば,発生の遺伝子機構は,環境の影響下で表現型を形成する反応の可能性や量を調節するかもしれない.およそ自然選択は複数の一揃えの表現型に影響を及ぼすので,ひとつの表現型可塑性に及ぼす効果は関連した他の形質にも及ぶ.適応度地形の中で,表現型可塑性はピークを動かしたり,谷を越えることを可能にして,集団の分岐を促す.

 形質が環境に誘導される時には,種の分岐は特に速く進行しうる.なぜなら,環境の急変は2つの中から選ばれるような表現型を誘導すると同時に,選択の進行も起きるからである.2つのうちにどちらかを選んで発現するような調節を受ける対立する形質のうち,隠れた表現型は自然選択圧にさらされることが無いので,遺伝子浮動によって失われてしまう可能性が大きい.そのため自然選択が好む形質は遺伝的同化によって安定なものに変わっていく可能性がある.
 発生の調節機構の知識を,集団遺伝学の理論と遺伝的順応の理論に適応することで,表現型可塑性の理解が進むと考えられる.そして,連続して変化する反応基準と断続する多相現象を形づくる進化機構の違いを求める必要がある.
 表現型可塑性が様々な水準(種や多型,構造と機能や遺伝子発現)の分岐を引き起こす鍵となる過程であることを,近年の理論的および実験的な進展は暗示している.それは,遺伝的順応や遺伝的同化のような過程を通じて引き起こされるのだろう.このアイデアは,遺伝的な変化を介して引き起こされる進化という観点において現代の総合説と矛盾しない.環境の影響下での変化が進化において重要である点を強調し,拡げるものになるだろう*1

*1:Phenotypic plasticity’s impacts on diversification and speciation. Pfennig DW et al., Trends in Ecology and Evolution 25 (2010) 459–467