「トイレを我慢すること」の解剖学的基盤

骨盤には二種類の神経叢がある.仙骨神経叢はL4からS3の脊髄神経前枝から構成される体性の神経叢で、骨盤底の肛門挙筋などを支配する.肛門挙筋は最も大きい骨盤底筋で、骨盤の内壁の内閉鎖筋の筋膜上の肛門挙筋腱弓などに起始し、直腸をループ状に取り巻き、再び骨盤内壁へ戻って停止する筋束からなる.直腸末端を輪状に取り囲む様に見える事から、その部分を外肛門括約筋と呼ぶ.外肛門括約筋は体性運動神経に支配される骨格筋で、随意運動を行うことができる.

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 直腸末端には内肛門括約筋という筋もあるが、これは骨格筋ではなく、消化管の平滑筋の内輪層が肥厚したもので、骨盤にあるもう一つの神経叢、骨盤神経叢に支配される.骨盤神経叢は交感神経幹から分かれる仙骨骨盤神経と仙髄の副交感神経由来の骨盤内臓神経が作る自律神経系の神経叢なので、内肛門括約筋は意識して収縮を調節する事が出来ない不随意筋である.

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 この様な直腸末端の領域は肛門管と呼ばれ、皮膚と消化管(すなわち身体の外側と内側)のインターフェイス領域で、体性と臓性の調節を重複して受ける.

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 排便を我慢しつつトイレへ向かう時の個体においては、2つの調節システム:体性と臓性の神経系が、厳しくせめぎ合っている.内容物の蓄積と内圧の上昇が自律神経系を介した排便反射を起動して内肛門括約筋を弛緩させる一方で,個体が置かれた時間的空間的な情報を取り込んで統合し,排便するにふさわしい環境では無いという判断を,体性の運動出力として下行性に送り,仙骨神経叢経由で肛門挙筋(外肛門括約筋)に及ぼし,収縮させている. 2つのシステムの相反する拮抗が極度の緊張感を生み出すのである*4 *5

*1:Levator ani. Henry Vandyke Carter (1831–1897) in Henry Gray. Anatomy of the Human Body. 1918. FIG. 404

*2:Anal canal. Henry Vandyke Carter (1831–1897) in Henry Gray. Anatomy of the Human Body. 1918. FIG. 1078 

*3:Diagram of the rectum, anus and anal canal. http://digestive.niddk.nih.gov/ddiseases/pubs/fecalincontinence/images/anorectum.gif

*4:他方で,2つのシステムの共同と協調が開放感,安堵感や達成感を生み出すことは,システムの相互作用を考える上で重要である.

*5:

kapibarasenn10.hatenablog.com