症状の移動;臓性の痛みと体性の痛み

自律神経性の脳神経に含まれる臓性求心性の線維は臓器の感覚(一般内臓性感覚)を伝える.例えば,迷走神経には一般内臓性感覚を伝える一次求心性線維があり,孤束核に終始する.このような線維が刺激されたときには限局性に乏しい不快感が引き起こされる.たとえば,前腸(食道から十二指腸の中程まで)の一般内臓性感覚は食道辺りの異変として,中腸(十二指腸後半から横行結腸中程まで)からは臍部の異変として,後腸(横行結腸中程から肛門管中程まで)からは骨盤上部辺りの異変として,およそ正中部に感覚され,左右どちらかに偏って感じられることは無い.膵の一般内臓性感覚は背部の異変として感覚される事が多い.

 一方で,腹膜には体性感覚求心性の線維が分布するので,機械的な刺激や温痛覚の侵害刺激に応じて,刺激部位に局在性の高い感覚が引き起こされる.壁側腹膜に体性感覚線維を送る脊髄神経は同じセグメントの皮膚と筋にも線維を送っており,それらは脊髄反射を形作っている.そのため壁側腹膜が刺激されたときには同じセグメントの筋が収縮し,限局した腹壁の筋の収縮と緊張が引き起こされる.

 例えば,急性虫垂炎では当初,心窩部や臍の辺りの鈍い痛みが現れ,時間の経過につれて右下腹部の限局した痛みへと変わることが多い.これは,虫垂の内腔で始まった炎症が一般内臓性求心性線維を刺激し,炎症が広がって腹膜に波及するにつれて,侵害刺激が体性求心性線維に作用して,限局性の高い感覚として脊髄神経を経由して中枢へ伝えられた様子を表している.更に炎症が波及し,壁側腹膜に及ぶと,同じセグメントにある腹部の筋が緊張して固くなる.これを筋性防御と言う.

 

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*1:Henry Vandyke Carter (1831–1897) in Henry Gray. Anatomy of the Human Body. 1918. FIG. 1045

*2:イラストレイテッドカラーテキスト 神経解剖学 原著第5版 水野昇・野村嶬(監訳)三輪書店 エルゼビアジャパン 2017年

*3:Gray's Anatomy 41th edition editied by Standring et al., 2016 Elsevier