PCRに似ている

以前に書いたRのスクリプトを探して,細かなところを調節して,データを流し込んで,結果を待って,はき出されてくる解析結果を見て,結果が示す内容を考える様子は何かに似ている,と気がついた.何だろうと考えていたら,それはPCRだった*1

 遺伝子が情報を担って,遺伝子発現と発現調節の共通過程が多様な生命現象を支配するという万能感をかつての分子生物学者は持っていて,分子メカニズムを求めて多くの人が追随した*2.目の前の現象を見て,まだprimitiveな方法論*3を手に,自分のフィールドで挑むことを夢想した.皆が手にしたテキスト"Molecular Biology of the Cell"*4 *5には,それまでに蓄積されてきた生物学的現象が分子の言葉に翻訳するとどう表現され,説明され,理解されるのかが,最初から最後まで小さな字とカラフルな図で書かれており,どのページを開いても,私達を興奮させた*6

 数理生物学の教科書を眺めると,モデルや微分方程式を,個体集団の個体数や空間的分布や細胞や酵素に適用して,共通項を照らし出していく様子が,章を変えては次々と描かれている.背後には共通する論理が貫かれていて,それを数式の言葉で記載する.比べて見ると,数理生物学者分子生物学者に似ているところがある.方法論が当たり前のことになった結果,誰も分子生物学を意識しないようになったことと,同じ事が起きると考えるのは自然だ.

*1:イデアに基づいて新しいスクリプトを書き起こすときは違うけれども.

*2:大学院生の頃,30年ほど前のことです.

*3:その頃の時代のPCR以前の,gene editingはもちろんのこと,homologous recombinationが現れたかどうかと言う頃.

*4:

https://www.amazon.co.jp/Molecular-Biology-Cell-Bruce-Alberts/dp/0815344643

*5:まだ6版なんですね.自分が読んでいたのは2版と3版でした.

*6:けれども,それぞれの現象の舞台に散っていった者達が,分子生物学を振り返って認めるものは方法論だけになり,興味の焦点は現象そのものに移った.