痛みの原因となる場所とは異なった場所に感ずる痛みを,異所性疼痛*1という.例として良く挙げられるのが横隔神経によって伝えられる疼痛である.
横隔神経は頸神経叢のC3-C5に由来する末梢神経である*2.横隔膜の横紋筋の運動を遠心性に支配する.遙か上方の頸神経叢の神経が下行して,胸腔と腹腔を境する横隔膜を支配することは,この筋の原基が上方から下方に移動して,胸腔と腹腔を2つに分けたことを示している.
横隔神経には体性感覚の求心性線維も含まれ,心膜に分布している.心膜炎や,心筋梗塞の影響が心膜に及んだときには,横隔神経経由で体性感覚情報が上行性に伝えられる.C3-C5の神経根には鎖骨上神経等の根も含まれ,これらの末梢神経は前胸部から上腕の皮膚から体性感覚を集める.そのため,心膜の体性感覚が中枢に上行する過程で,神経根を共有する上腕由来の感覚と誤認されて,左上腕部に生じたものと思ってしまうことがある.これは異所性疼痛の例として多くの教科書に記載されている.
横隔神経の一部の線維は横隔膜を乗り越える*3.右側では大静脈孔を通って腹腔へ入る.左側は心の左側で横隔膜から前方を走り,腹膜に達する.これらの線維は胆嚢や膵臓まで分布することが知られている.このことから,腹部の異所性疼痛を症状とする心筋梗塞があることを理解することができる.*4