機能的終動脈をめぐるその後の議論

薬学部の講義で尋ねてみる.
「心臓の冠状動脈や脳の動脈にしっかりとした吻合路があれば,心筋梗塞脳梗塞になることもなく,生存に有利なように思えるが,どうして現実は異なり,機能的な終動脈になっているのだろうか?」

これは以前に説明したとおりに*1,「心筋梗塞脳梗塞になる程に加齢した時期には個体は既に繁殖を終えているので,冠状動脈に実質的な吻合路があるという形質が繁殖に及ぼす有利な効果はなく適応度の増加に貢献せず,終動脈であるという不利な形質に選択圧はかからないだろう.吻合路を作るという作成のエネルギーコストに加え,繁殖に利点のない機構を維持するコストを払う事になるので,むしろ冠状動脈の吻合路を作る遺伝子型に選択圧がかかり,遺伝子頻度は下がるだろう.吻合路ができるには他のbenefitがなければならない*2」と説明できる,と私は高を括っていたのだ.

 そして,この種明かしは次の授業で話そうと考えていたのだが,「脳や心臓が終動脈なのは活動が活発で多量の血液を必要とするためバックアップを構築する余裕が無いからではないか.脳や心臓の機能が高い個体が生き残りやすい.
→ バックアップがなく一度に効率よく多量の血液を心臓や脳に送れる個体が生き残りやすい.」と,Y君がアンサーシートに書いてきた*3

 循環系は器官系の兵站*4を担い,サポートする.心と脳はエネルギー消費が大きく,多量の酸素を消費しているので,虚血に陥りやすい背景があり,特に,脳は比較的に短い期間で著しく増大したはずだ.心や脳は大量のエネルギーを消費をする結果,循環系に負荷をかけ,それは選択圧となって影響するだろう*5
 器官系の要求が循環系の進化を促し,循環系の進化が器官系の機能を支える.他方で,循環系を作るコストが無制限な拡大を制約するので,最適解を取る結果,血管の走行は見かけ上の最短の経路をとる.吻合路の有無には2つの可能性がある.1つはcostとbenefitの平衡状態として安定した可能性.もう一つは器官系の進化に循環系の進化が追随して進化不安定性の中で適応度地形の上を移動している可能性.器官系と循環系が鬩ぎ合う,平衡や軍拡競争の上に器官系と循環系の構造があり,心や脳の機能的終動脈もその文脈の中にあると考えられる.循環系と器官系は共進化しているのかもしれない*6

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 The brain and arteries at base of the brain. Circle of Willis is formed near center. The temporal pole of the cerebrum and a portion of the cerebellar hemisphere have been removed on the right side. Inferior aspect (viewed from below). Henry Vandyke Carter (1831–1897) in Henry Gray (1918) Anatomy of the Human Body, Fig. 516, Gray's Anatomy. https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Arteries_beneath_brain_Gray_closer.jpg



*1:

kapibarasenn10.hatenablog.com

*2:

kapibarasenn10.hatenablog.com

*3:Y君,見事!!

*4:logistics,物流

*5:「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない(It takes all the running you can do, to keep in the same place.)」https://ja.wikipedia.org/wiki/赤の女王仮説

*6:似たようなシナリオが器官系と神経系の間に成り立つ可能性にも気付いている.