機能的終動脈

動脈の枝の一本一本が栄養する領域が明確で,近隣の枝の栄養領域との重複がほとんどない動脈循環を「機能的終動脈」という*1.機能的終動脈が閉塞すると下流の組織で境界明瞭な虚血性壊死が起きる.これを梗塞と呼ぶ.心筋梗塞脳梗塞という言葉を聞いたことがある人は多いだろう.典型的な機能的終動脈を有する代表的な臓器は心臓と脳である,という話を授業でしていると,心臓や脳という生存に重要な臓器に血流を確保する吻合があった方が生存に有利なのに何故ないのか?とたびたび質問される.少なくとも2つ理由があるようだ.

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第1に梗塞の発症以前に私達は生殖を終えていることがある.多くの場合,動脈の粥状硬化病変が起きる中高年以降に動脈の閉塞性病変が生じて梗塞が起きるが,個体はそれ以前に子孫を残すことを終えている.平均寿命が伸びたのはそれほど昔のことでは無く*3,虚血性梗塞が生存に大きな影響を及ぼす様になったのはつい最近のことなので,側副路を持たない遺伝子型に淘汰圧は作用せず,側副路を持つという形質の有利性は選択されず,適応度を上げることに貢献しなかった.
第2に側副循環を持つコストの大きさがある.コストを上回るbenefitがなければ淘汰圧をくぐり抜けることは難しい.
心臓や脳の動脈に側副血行路が進化するには生殖年齢が延長した状態がかなり長く続く必要があるだろう*4 *5

*1: 機能的終動脈にも構造的な吻合が有るので機能的という言葉を省くことは出来ない.心の冠状動脈の枝を結紮してその遠位を切ると血液がわずかに流れ落ちる.1分当りに漏出する血液量(retrograde flow)を測り,吻合を定量することができる.心においても毛細血管床はネットワークを作り吻合して微小循環している.このことは,梗塞は血流の途絶によって酸素が失われるため起きるのでは無く,血流の供給より組織の需要が上回る時に生じることを示している.心と脳はエネルギー要求が大きく,多量の酸素を消費しているので,虚血に陥りやすい背景がある.

*2: 心冠状動脈 Henry Vandyke Carter (1831–1897) in Henry Gray (1918) Anatomy of the Human Body (See "Book" section below) Bartleby.com: Gray's Anatomy, Plate 492

*3:1950年の我が国の平均寿命は男性58.0才,女性61.5才である.http://www8.cao.go.jp/kourei/kou-kei/24forum/pdf/tokyo-s3-2.pdf

*4:それを待つ私たちの文明と社会はどれほど長く存続するのだろう.

*5:身体の中には動脈の吻合が多く見られる場所もある.そのbenefit についてはまたいずれ.