腕神経叢と弥勒菩薩像

「腕神経叢*1のところを予習しているのですが、これを憶えなければならないのですか?」と質問するY君に、どの様に返事をすればよいか、すぐに良いアイデアが思いつかなかったので、実験の準備をしていた上級生の「K君に尋ねてみれば?私から話を聞くよりもきっと良いアイデアがもらえるよ。」と、とりあえず横に振った。
 弥勒菩薩のことを思い出していた。大学院の三年目に一本目の論文を発表した後、それまでに比べて少しだけゆとりができて、四年目の日曜日には自転車を漕いであちこちをめぐるようになっていた。特に興味のあるテーマがあるわけではなく、散歩をしているようなものだ。そのころ広隆寺に行ったことがあった。今となっては詳しいことは殆ど覚えておらず、弥勒菩薩*2の大まかな雰囲気しかイメージできない。問われれば、知っていると答えるかもしれないが、どの指を曲げているとか、帽子の形はどうだったかとか、あぐらをかいていたかどうかとか、具体的なことはまるでわからず、それで知っているといえるのか?と疑問だ。理解していないのは確かだ。
 弥勒菩薩を理解するために、その姿を覚えるか?暗記するか?そんなヒトはいるか?(いや、いないだろう。)弥勒菩薩の前でその像に魅入る。それを繰り返すうちに、イメージが自分のものになるのだろう。そうすれば、指の曲がり具合や、微笑みの形を思い浮かべることができるようになるだろう、と思う。
 目を閉じて弥勒菩薩像の具体的に細かなイメージを思い浮かべることは、私にはできないけれど、腕神経叢のことを思い浮かべることができる。どんなことを話してあげればよいだろうかと、考えていたが、結局たとえ話になってしまいそうだ。例えば、こんな感じに。。。