後腹壁に生じる精巣原基の尾側端と恥骨結節の間に,精巣導帯(Gubernaculum)とよばれる紐状の平滑筋が付着している.男性の一次性徴において,この平滑筋は精巣のLeydig細胞から分泌されるペプチドホルモン Insl3 (insulin-like 3) の作用で収縮し,精巣を上方から下方へ,後腹壁から前腹壁へ移動させる*1.精巣は恥骨結合に接近する際に,腹横筋,内腹斜筋,外腹斜筋を押しひろげて,上外側方から下内側へと移動して,管上の空間を作って,鼠径靱帯の上で,皮下に出る.この管状の空間を鼠径管という.このような精巣の移動を精巣下降という*2.
精巣の吻側端には精子を前立腺部尿道へと運ぶ精索が付着しているので,精巣の移動経路に沿って精索が走行する.そのため,成人男性の鼠径管の中には精索が走行している.精索の周りには横紋筋の線維が付着している.これは精巣が腹壁を押しひろげて貫くときに内腹斜筋の一部の筋束が精索にまとわりついたもので,精巣挙筋とよばれる.ヒトの男性は精巣を随意的に上方へ(わずかではあるが)移動させることができる.
女性においてもGubernaculumが卵巣と恥骨結合を結んでいるが,収縮することはない*3.この紐状の間葉組織は形を変え,子宮円索となる.そのため,男性と女性では鼠径管を走行する組織の由来は全く異なる.
鼠径管は腹壁における機械的に脆弱な部分である.腹内圧が大きくなったときに,腸管などの腹腔臓器が鼠径管を通って,皮下に脱出することがある.これを鼠径ヘルニアという*4.男性では大きな精巣が腹壁を押しひろげて鼠径管を作るので,その径が大きい.女性では本来その場所にあったGubernaculumがそのまま留まるので,径が小さい.男性の鼠径管は女性に比して径が大きいので鼠径ヘルニアの発症は,一般的に男性に多いと言われる.
*1:Zimmermann, S. et al. Targeted disruption of the Insl3 gene causes bilateral cryptorchidism. Mol. Endocrinol. 13, 681 –691 (1999).
*2:Insl3に依存する後腹壁から鼠径部までの精巣の移動を,精巣下降の第1相という.鼠径部から陰嚢までの移動を精巣下降の第2相というが,こちらはandorogenと陰部大腿神経の作用によって引き起こされるという.Podlasek et al., Hoxa-10 deficient male mice exhibit abnormal development of the accessory sex organs. Dev Dyn. 1999 214, 1-12.
*3:Insl3を過剰発現したマウスの雌においては卵巣が下降するという.Adham et al., Mol Endocrinol 2002, 16, 244-252.
*4:腹腔側のヘルニアの入り口の位置によって,内側鼠径ヘルニアと外側鼠径ヘルニアを区別する.
*5:inguinal canal.Henry Vandyke Carter in Henry Gray (1918) Anatomy of the Human Body (See "Book" section below) Bartleby.com: Gray's Anatomy, Plate 1227