失明しても光を感じる

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Section of the human retina (1907) Popular Science Monthly Volume 71 (https://commons.wikimedia.org/wiki/File:PSM_V71_D118_Section_of_the_human_retina.png?uselang=ja)

 網膜剥離などによって視細胞が変性して失明した患者においても,明暗の感覚は保たれ,サーカディアンリズムが維持されることは広く知られていた*1.これは視細胞に依存しない光受容機構があることを示している.魚類・両生類・は虫類には松果体に光受容細胞があり,その軸索は視交叉上核に投射する;これは頭頂眼と呼ばれる.しかし,ほ乳類の松果体に頭頂眼の機能は無い.他方で,網膜芽細胞腫などの悪性腫瘍で両側の眼球を摘出した患者においては明暗の感覚は維持されない事から,眼球の中に第三の光感受性細胞があると考えられていた.

 探索によって,網膜神経節細胞(retinal ganglion cell, RGC)に発現するopsinが発見され,melanopsinと名付けられた*2.melanopsinを発現する数パーセントほどの少ない割合の網膜神経節細胞は光感受性を持つ(intrinsic photosensitive RGC; ipRGC).

 網膜神経節細胞の生存は色素上皮細胞に依存しないので,網膜剥離によって視細胞が変性して失明しても,ipRGCは変性しない.ipRGCは照度を検出して,軸索を視交叉上核へ投射させ概日リズムの形成に強く関わり,中脳などへ投射させNon-image-forming visionに主に機能すると考えられる*3.melanopsinの遺伝子配列はタコや昆虫のopsinに似ており,その由来は古く,ipRGCの光受容はタコの光受容に類似しているのかもしれない.

 melanopsinはretinalと共有結合し,光子によるretinalの構造変化に依存して,情報伝達を引き起こす*4.尿細管由来の培養細胞にmelanopsinを強制発現させると,尿細管細胞が光感受性を獲得して,光に反応して電位変化するようになる*5.melanopsinを遺伝子導入して光感受性を強制的に誘導する技術はoptogeneticsにつながる出発点になった.

*1:2009年に放映された,教員として働く主人公(佐々木蔵之介)が失明した後に職場に復帰するドラマのなかで,「ものは見えないのだけれど、光を感じることはできるんだ。」と話す場面があった.https://www6.nhk.or.jp/drama/pastprog/detail.html?i=challenged_old

*2:Provencio,I.,RodriguezI,,R.,JiangG,,,Hayes, W,P.,Moreira,E.F.,Rollag,M.D.: A novel human opsin inthe inner retina. J.Neurosci., 20, 600-605, 2000.

*3:少数の軸索は外側膝状体へもたどりつき,Image-forming visionにも関与すると考えられている.

*4:Berson, D.M., Dunn, FA, Takao, M.: Phototransduction by retinal ganglion cells that set the circadian clock. Science, 295, 1070-1073, 2002

*5:Qiu X, Kumbalasiri T, Carlson SM, et al.: Induction of photosensitivity by heterologous expression of melanopsin. Nature. 433, 745–749, 2005.