京都,千成餅食堂,宇治金時

暑い.

 院生の時に過ごした京都は著しく暑かった.風が吹かず,じっとりと身体の周りにとどまったままの熱気に包まれて,気が遠くなりながら過ごしていた.札幌からのこのことやってきた私には,想像を絶するものだった.その暑さと正面から向き合って挑み続ける心の支えが,食事をとるために通った千成餅食堂の宇治金時のかき氷だった.

 日に日に気温と湿度が上がり,辛くなってくる中,一番暑いその日に最も豪華なかき氷を,アイスクリーム添え宇治金時ミルクのかき氷を,食べることだけを想って,それを心の支えに,いつ終わるとも知れない実験を行っていた.今日よりもきっと明日はもっと暑いに違いない.うっかりと欲望に負けて,食べた次の日がさらに暑かったなら,きっと後悔する.チャンスは一度しかない.残暑は長く続くに違いない*1

 そして突然,秋風が吹いた.あれほどまでに私を蹂躙し,思うがままに弄んだ暑さは,素知らぬふりでスルッと身をかわす肩透かしを食らわせて,立ち去ってしまった.私はひとり宇治金時を食べる機会を奪われて,取り残されて呆然と立ちすくむ,京都の夏の終わり.

*1:何度でも好きなだけ食べれば良いのに,何故そうしなかったか,今となっては謎であるが,きっとお財布の中が,始終寂しかったのである.