新しい街に住むこと,そこで生きること.

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研究棟の入り口で,訪れるものを歓迎するカマキリ

後期が始まって「ヒトの構造の基礎」という授業をしている.入門的な解剖学と組織学を扱う授業で,春に入学した医学科の1年次生にとっては,生き物的ヒトについてのはじめての授業だ.回収した出席シートには,「覚える事が多そうです.」「名称が多すぎて大変です.」「覚えられる自信がないです....」という感想がとても多い.上手く伝えることができるかどうか自信がないが,何かを覚えているという感覚は,実は,私にはない*1

 例えば,解剖学の中で「鎖骨の向こうにある鎖骨下静脈のしたには前斜角筋があり,その上を走行する横隔神経の様子とか,斜角筋隙から甲状頸動脈などの鎖骨下動脈の枝達が分かれて分岐しながらあちこちに向かっていく様子とか.その向こう側に腕神経叢の根元が隠れていることとか,」,この様なイメージを追いかけることは,住んでいる街の様子を思い浮かべる事に似ている.あの角を曲がるとその先にコンビニがある,とか,その先にレストランがあるとか.街の様子はすっかりと身体になじみ,私達の世界の一部になっていて,覚えているという感じではない.私達はその街で生きている*2

 けれども,引っ越してきた当初はどこに何があるかはわからず,観るもの,聞くもの全ては目新しく,新しいイメージがどんどんと飛び込んでくる.地図を手にして,右往左往して街を徘徊し,戸惑いながら時間を過ごし,それを続けていくうちに,全体を俯瞰し,局所にフォーカスを定めて興味を深め,経験と知識の空間はマップとして整理されて,身体の一部になっていく.そうすれば自由自在に歩き回る事ができる様になり,街*3のあちこちの細かな様子を発見する*4

 あなたはこの街に引っ越してきた新しい住人.そこでの時間を真摯に過ごすうちに,その街がそれぞれの世界になり,住み処になる*5ことは間違いない.

*1:きっと他の教員も同じようなものだろうと思う.

*2:きっと海馬に空間的なマップが作られているのだろう.

*3:「医学」

*4:私も,その世界のなかで右往左往しながら,新しい構造や概念を探し続けている,一介の住人に過ぎない.

*5:マップが作られる