脳脊髄液はどこに流れていくのか?

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Blausen.com staff (2014). "Medical gallery of Blausen Medical 2014". WikiJournal of Medicine 1 (2). DOI:10.15347/wjm/2014.010. ISSN 2002-4436

くも膜下腔を満たす脳脊髄液は側脳室の脈絡叢で産生され,第三脳室,中脳水道,第四脳室と移動し,第四脳室正中孔(マジャンディー孔)と外側孔(ルシュカ孔)からくも膜下腔に流れこむ.総量100ml程度の脳脊髄液は脳の外側と内側の空間を満たす*1.その後,脳脊髄液がどの様に吸収されるのか,私達が学生の頃,おおよそ全ての教科書は,くも膜顆粒が脳脊髄液を吸収し静脈血の中に戻す構造である,と断言していた*2.ところが,くも膜顆粒は生後しばらくして出現し,加齢と共に増加するし,多くの動物ではくも膜顆粒は見つからない*3.これは他の流出ルートがあることを示唆しており,ヒトにおいても機能していることを否定しない.

 2013年にNedergaardらはマウスにおいて,脳脊髄液が動脈周囲の空間から神経細胞グリア細胞の細胞間隙に流れ込み,脳と脊髄の組織間隙を流れ,組織の老廃物を流しさり,静脈周囲の空間に入り,静脈と共に頭蓋内を去ることを報告した.組織間隙の大きさはgliaによって調節され,睡眠時に流れが速くなり,覚醒しているときにはほとんど流れないという.彼らはこのシステムがgliaが調節するリンパ系に類似したシステムとして,glymphatic systemと名付けた*4,それまで中枢神経系にはリンパ系がないと信じられていたので,組織中の脳脊髄液を回収するルートを明らかにした研究として,歓迎された*5

 その二年後,Louveauらによって硬膜の中にリンパ管が発見され,それが頭蓋外までつながっていることが明らかにされた*6.この論文の中で彼らは,実は脳のリンパ系についての最初の記載が19世紀になされており*7,1960年代にハンガリーのグループが体系的な仕事を発表していたことを指摘した*8.中枢神経系にもリンパ系があり,脳脊髄液の流出路として機能することが,再発見されたのだ*9

*1:脳脊髄液が脈絡叢で産生された量と循環した後に静脈の中に流れ込む量の間にはバランスが保たれているので,頭蓋内圧は一定に保たれるという.産生量と吸収量のバランスが崩れ,産生量 > 吸収量 となる病的状態が水頭症で,産生量 < 吸収量(漏出量?)となる状態が脳脊髄液減少症と考えられる.

*2:試験ではそう答えたものだ.

*3:寺島俊雄,神経解剖学講義ノート金芳堂,2011.藤田尚男・藤田恒夫,標準組織学各論,第五版,医学書院,2017.

*4:Xie L et al., Sleep drives metabolite clearance from the adult brain. Science. 2013 Oct 18;342(6156):373-7. doi: 10.1126/science.1241224.

*5:おまけに彼らはβアミロイドを流し去ると言ったものだから,アルツハイマー認知症の発症に関係するとして,世の中が色めき立った.

*6:Louveau et al., Structural and functional features of central nervous system lymphatic vessels. Nature 523, 337–341, 2015.

*7:G. Schwalbe Z. Med. Wiss. 7, 465–467; 1869

*8:Földi et al. New contributions to the anatomical connections of the brain and the lymphatic system. Acta Anat. 64, 498–505 (1966). Földi et al. Angiologica 5, 250–262; 1968

*9:(わからないことを心の中に抱えて生きることは高い認知機能を要求するし,そのエネルギーコストはとても大きくて疲れるから,ついつい逃れたくなって安易に信じやすいことに飛びついたりするヒトは多いけど,それは現実から目を背ける行為だよ.根拠が無いのに断言するヒトや,定説を信じちゃ駄目だよね.)